重しを忘れるべからず

毛布振り廻しつづけて愉快なり  波多野爽波
逗留もこの隙間風次第とす
炬燵寝の蓬髪にして世に立つと

爽波の句は、それこそ「愉快」。
俳句に格調の高さを求める向きには
ちょっとふざけた散文のように見えるだろう。
(現に昔の私はそうおもっていた)

ただ、自在に書いているかに見える一方、
風に飛ばないよう重しを据えることを忘れない。

〈毛布振り…〉は、「回し」ではなく「廻し」とし、
一句の字面を少し複雑にしている。
「なり」と、古風な断定で締めることで、
俳句らしさを出すとともに、
まじめな顔をして冗談をいう具合になっている。

〈逗留も〉も、内容はなかなかばかばかしいものだが、
やはり「逗留」ということばに重しがある。
たとえば「宿泊もこの隙間風次第とす」とすると
とたんにただごとに堕す。
また、この句も最後を「とす」と古風に締めて、
結果的に読者を笑わせる。

〈炬燵寝の〉も同様に「蓬髪」が重し。
内容は大学生くらいのぼさぼさ頭の甥っ子が
炬燵に肘枕で寝っころがって、
将来のことを大言壮語する、といったものかとおもう。
他愛ない1シーンですが、ことばづかいがものものしく、
いたずらに勇壮である。

爽波句を読むとじぶんも同じ調子のものが
作れそうな気がする。
ところが、作ってみるとまさにただの乱雑な
散文のような句になってしまう。
実際わたしも爽波っぽい句を句会に出したところ
「なにかわざと雑に書いているようにみえる」と
鋭い酷評をいただいた。
はて? なにが違うのやら。

そのひとつは恐らく、重しを忘れるべからず。
ということだとおもう。

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